戸田提山(書道 買取り対象書道家)

戸田堤山は大正6年愛知県安城市に生まれます(本名昌尚)。小学校へ上がると同時に父の熱心な書道教育が始まります。鉄拳制裁も交えたスパルタ教育だったようです。その語習字科を受け教員になります。父親の影響か硯、印材、掛軸などの書道具も拘りがあり、中村蘭台、小林 斗盦、阪井呉城らの印材を所持していました。杉並区で30年以上買取り、査定をしていますがこのクラスの印材に出会うことは滅多にありません。

教員をしながら第二次世界大戦に陸軍伍長として従軍します、その後書作院、日展に入選し生涯の師匠となる手島右卿に師事します。日展に批判的だった手島右卿の名を冠する独立書人団の右卿賞を岸田大江とともに受けます。その後手島右卿逝去により独立書人団の理事長を拝命します。戸田提山自身は青山杉雨、西川寧らの率いる日展にも師匠の手島右卿独立書人団にも左右されない自己の表現の場を求めて「何有社」を創立します。掛軸、色紙作品にも孤高な高みを目指した雰囲気が伝わります、書道の行く末を見守りながら88歳で逝去します。

戸田提山の孤高な作風は師匠の手島右卿の影響を意識しつつも、本質的な書芸術はユング、唯識を意識した「深層意識」レベルまで表現しようとしており己自身にしかできない境地をめざしていたのではないでしょうか?殿村藍田、鈴木翠軒らと戸田提山に交流があったのかはわかりませんが手段が違うだけで己の真理に邁進していた姿は似ています。しかし手島右卿の存在は別格だったようで、戸田提山の晩年の生きざまにも現れております。手島右卿は85歳で逝去し戸田提山は88歳で逝去しますが86歳から「手島右卿の年齢を越えた」としてその一年一年を「牛歩でも生きた甲斐のある仕事をしたい」と情熱を燃やします。86歳にしてロシアのエルミタージュ美術館に「雲」が永久保存されます。

師匠の影響を受けながらも戸田提山の作品はどこか神秘的なたたずまいを感じます。深層意識が筆を動かす境地にたどり着いたのでしょうか?

 

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参考文献 戸田提山 淡墨社