「掛軸」の買取に強い書道具買取専門「すみのあと」が 長年培った知識と経験、そして真心で対応いたします。
掛軸はアジア圏、特に中国と日本で発展した文化です。日本においては絵画よりも掛軸の数の方が多く日本人にとっては大変馴染み深い骨董品です。しかし近年家がマンション、モダン化したことにより床の間、和室が減少したことにより掛軸のサイズもあり飾る文化自体が少なくなっております。それでも掛軸は作家作品や時代のあるものなど高価買取可能な作品も多く掛軸の需要は確実にあります。ここでは掛軸の売却のポイントについて説明します。
掛軸の高価買取ポイント
掛軸を売りたい方へ
掛軸は日本の文化とともに歩んできており多くの掛軸は日本製です。また掛軸は床の間に飾られた文化ですので四季を表す内容、例えば春なら梅、冬なら雪景色などのように季節ごとに取り換えて楽しむ情緒あるものでした。それとは別に大徳寺などの貫首が揮毫した茶席で使う茶掛けや伊藤若沖、曽我蕭白などによって製作された古美術品としての掛軸や政治家などの書作品など多岐に渡り、掛軸は日本の歴史、文化を代表するものでもあります。
掛軸の値段の決まり方
ではそういった掛軸の売り方ですがまずは保存状態が肝要となります。掛軸は遺品整理、蒐集品の売却など様々な場面で拝見しますが私の経験ですが掛軸は押し入れ、蔵にしまったままであることが多く、そういった場合はシミ、ヨゴレが目立つことが多いです。できれば防虫剤を入れる、日光に当てて換気をよくすることが掛軸の査定アップにもつながります。ですが状態が悪いからといって無理に拭いたり、洗ったりするともともとの値打ちまで下がってしまう恐れがあるので現状のままお出しすることが望ましいです。掛軸は長年しまったままの状態が多いので同じ掛軸でも値段は状態によりだいぶ違ってきます。
高額査定される掛軸とは?
また共箱と言われる作者本人の箱書きある掛軸は作者本人の作品であることを証明しており作家によっては高価買取が期待できます。またそれとは別に作者以外が鑑定した箱書きを職箱と呼び第三者が鑑定した作品として認定することもできます。こういった現象が起こるのは掛軸は美術品である側面があるため贋物が多いからでもあります。ネットオークションやamazonで売ると贋物であった場合トラブルにもなりやすく慎重に扱わなければなりません。
作家の得意分野によって値段も変わる
同じ作家、同じ図柄でも得意とする分野によって掛軸の値段はまた変わってきます。虎の絵は掛軸でよく見かけます、虎は魔除け、勇猛さを表しますので軍人の方もよく所持されておりますが同じ虎の絵でも虎の絵で高く評価されている作家とそうでない作家では値段にだいぶ差があります。また表装、軸頭の材質など評価される点は他にもあります。作家による掛軸作品は当該作家の得意分野であるかどうか?という点も大きな査定のポイントになります。
掛軸は専門業者に
そのように作家がわかっている場合もありますが無名の掛軸も多々あります、また古い掛軸で山水図しか描かれてていなければ安い掛軸にも見えます。しかしそういった掛軸にこそ値打ちがある場合があります。当社は掛軸の取り扱い実績が豊富ですので箱書きのある掛軸はもちろん無名の掛軸、古い掛軸も査定いたします。ご自宅に眠っている価値の分からない掛軸がございましたらお電話でもメール、ラインでもお気軽にご相談ください。
よくある質問
掛軸の作家の名前がわかりません
掛軸の落款はプロの業者でないと判別できないものが多いです。専門業者に鑑定してもらいましょう。
掛軸の出張買取に料金はかかりますか?
業者によって異なります、電話で事前に相談しましょう。
掛軸の箱は一緒に査定に出した方がいいですか?
箱は時代がある場合、時代がない場合も大事な付属品となります。箱書きがある場合は査定が上がるときもあります。付属品はセットにして鑑定してもらいましょう。
掛軸の汚れは拭いた方がいいですか?
古画の場合、素人が汚れを無理して清掃すると逆に傷みが出て価値が下がる場合があります。そのまま鑑定に出しましょう。
掛軸の相場を教えてください
掛軸は同じ図柄、例えば山水図でも江戸時代と現代では大分値打ちが変わってきます。相場もひとくちには言えませんが作家の作品でなく風景画としての山水図に限って言えば数百円から数万円の幅がありますので専門業者に鑑定してもらいましょう。
価値のある掛軸はどういうものですか?
掛軸は時代の古いものであれば希少性、作家性、図柄などの観点から高額査定できる可能性があります。一見「古そう」な掛軸があった場合査定に出すのもいいでしょう。
掛軸の歴史
飛鳥時代
掛け軸とは、書や絵を裂れ等で表装したものです。飛鳥時代(7~8世紀)より伝わったものです。歴史ある文化ではありますが元々は中国北宋時代から伝来された文化でもありますが書の歴史に関しては大和時代(3世紀から4世紀)に百済の文化から伝えられたのが最古の歴史といわれております。しかしながら当時の文献、史料があまりにも少なく掛け軸作品としての書ではなく日常の覚書き程度の書として存在していただけではないか?とも言われております。
そういった書作品としての掛け軸作品の萌芽は仏教を伝えるための教本としての役割が最初ではないかと言われております。作品として人に見せたい欲求がある場合、どうしても親鸞のような宗教的な熱狂がなければ掛け軸作品は生まれなかったかもしれません。
平安時代
そのような宗教的意味合いの強い掛軸の伝播ですが平安時代はその性格がより強くなります。天台密教を広めた最澄、真言密教を広めた空海が特に宗教的掛軸の伝播に強く影響を残しました。当時は曼荼羅と呼ばれる宗教的絵画が多く、とくに寺院を中心に広まり多くの民間信仰に影響を与えております。その後、真言宗を広め帰唐した弘法により草書が発展し後の藤原佐理、小野道風らに書道が受け継がれていきます。
鎌倉時代
鎌倉時代においても宗教的伝播は続き禅宗が広まり墨蹟、水墨画というジャンルが流入し人気を博します、この時期から山水、風月などの絵画も増え徐々に観賞用としての掛軸が広まります。
室町時代
室町時代でも水墨画は流行し多くの武人にとっても愛されるようになります。また絵画にもバリエーションがさらに増え動物の図なども増えます。その後千利休により茶の湯の概念がもたらされそれに伴い「床の間」の増加により掛軸の重要性がさらに高まり掛軸が流行します。
江戸時代
江戸時代に入ると世の中が安定し掛軸もさらなる発展を見せます司馬江漢による遠近法や絵写実的な画風の「秋田蘭画」など全国各地で徳所のある掛軸が製作されます。また浮世絵、錦絵などのジャンルも隆盛します。
明治時代
明治時代では床の間のない家が存在しないほど床の間が一般的になり季節の移り変わりにかける四季を表す掛軸などが多くの家庭で流行します。この時期は幕末の志士や維新政府の要人らが多くの書を揮毫しており戦後の政治家にも受け継がれていきます。
現代
戦後から高度経済成長期にかけて住宅事情が一変し床の間の文化がなくなるにつれて掛軸の需要も減ります、多くの家庭にあったものから美術品として鑑賞するものになり、一部の蒐集家、古美術商にとっては価値のあるものとして存在しておりますが世間一般においては忘れられつつある文化となっております。
掛軸の形式、種類
ひとくちに掛軸と申しましても花鳥図や需要文化財の掛軸等様々です、ここではそういった掛軸の種類を紹介します。
季節関係
一年中掛けられる掛軸に対して春夏秋冬を表した図柄の掛軸。梅なら冬の季節なので冬に掛けるといった具合です。四季の変化に合わせて楽しむ日本人的美意識を表現した形式です。
茶掛け
茶席で使われる掛軸です。主に大徳寺の貫主が多く小林太玄、立花大亀らの書が人気があります。また茶掛けで使われる書は文面などにより普段使いでも掛けられることがあります。
日本画
主に明治以降に流行し油彩画、西洋画に対して日本の山水、風景、人物などを中心とした図柄のことを指します。横山大観の富士山などが有名です。
仏画
飛鳥時代より仏教を伝えるために広められた絵画で古くは密教、曼荼羅が多くありました。仏陀の涅槃図などは時代ごとに肉筆画、版彩色など様々な技法を用いられ製作されております。
墨蹟
墨蹟とは書跡、筆跡と同等の意味ですが古美術の世界では主に文人、名家、名僧らが遺した書のことを指します。江戸期の僧侶である白隠慧鶴、盤桂永琢など古美術品としての価値が高い作家も多いです。
浮世絵
江戸時代に流行した当時の風俗、美人を描いたものです。菱川師宣、葛飾北斎など海外で高く評価される作家も多いです。
山水図
鎌倉時代に日本に流入した図柄で大変歴史のあるモチーフであるため多くの山水図が様々な作家、時代によって描かれました。
花鳥図
山水に生息している動植物を中心に描いた掛軸です。愛らしい雰囲気のものが多く人気を博しました。